講師: 樋口 貴広先生
首都大学東京人間健康科学研究科 准教授
『歩行の視覚運動制御』
【講演概要・キーワード】
1.視覚運動制御
2.アフォーダンス知覚
3.環境との相互作用
4.高齢者の転倒予測
5.歩きスマホの危険性
【講演アブストラクト】
人間の歩行は、環境及び身体に関する感覚入力に応じて適切な調節がなされる結果、常にリズミカルで安定した動作となる。
視覚情報は遠方の環境の状況を知らせる強力な情報源であり、
先の情報を予見して歩行を調節するうえで必要不可欠である。
遠方の視空間情報に基づく歩行の調整を予期的制御という。
予期的制御においては、環境と身体の関係性を瞬時に知覚し、適切な行動の選択をすることが重要となる。
こうした中で、転倒リスクの高い高齢者や脳卒中片麻痺患者の場合、下肢の機能代償として視覚情報を利用する結果、
予期的制御ができず、特に複雑な歩行環境下でのバランス維持が困難となる場合がある。
本講演では歩行の視覚運動制御をめぐるこうした諸問題について解説をおこなう。
また本講演では,安全な歩行に視覚的注意が重要であることを示す事例として,歩きスマホに関する話題紹介も行う.
講師: 松原 誠仁先生
熊本保健科学大学大学院
歩行動作の制御機構とTreatment Decision Making
<アブスト>
歩行動作をエネルギー消費の観点から概要すると、身体重心の変位が最小になることで、経済性が高くなるとされている。
また、Saunders et al. による歩行動作の決定要因のうち、実に3要因が骨盤の動きに関与するものであり、骨盤運動が身体重心移動の振幅をすくなることに関与し、歩行動作の制御機構に影響を及ぼすと解釈できる。
したがって、歩行動作の決定要因は治療戦略(Treatment Decision Making)の標的として考えることが出来る。加えて、身体は関節を介して身体各セグメントが連結されている多リンク機構であるため、リンク間の制御機構を明らかにすることで歩行動作の動性特性を評価できると考えられている。
そこで、ここでは歩行動作の制御機構を評価するための理論とTDMに関するバイオメカニクス的アプローチについて、症例に対する介入例を紹介する。
講師: 河島 則天先生
国立障害者リハビリテーションセンター研究所
『歩行運動の適応性と学習性』
円滑な歩行運動を実現には、全身の多数の筋の協調的な活動が必要である。絶えず変化する外部環境への適応も重要であることから、仮に脳が全ての運動指令を逐次与えると考えるならば、その負担は膨大になるはずだ。しかし実際には、歩行運動は他の身体運動と比較して運動出力そのものに対する脳(高位中枢)の関与が少ない(僕らは特に意識しなくても歩くことができる)。
本講演では、歩行運動のしなやかな調節が、どのような仕組みで成り立っているのか、さらにはひとたび障害や疾患によって失った歩行機能を回復に導く(あるいは回復を促す)ためには、どのような理論的背景を基に、いかなる具体的アプローチが可能であるのかを、考えていきたい。
(本講演に関連した主な論文)
1. Ogawa T, Kawashima N, Ogata T, Nakazawa K. Predictive control of ankle stiffness at heel contact is a key element of locomotor adaptation during split-belt treadmill walking in humans. J Neurophysiol (in press)
2. 河島則天、緒方徹 脊髄損傷者の歩行機能回復に向けた新しいビジョン-神経の再生・修復から歩行機能回復まで- 脊髄外科Vol.27(2), p125-129, 2013
3. 河島則天 歩行運動を実現する神経システム 理学療法 Vol. 29(7), 727-734, 2012
4. 河島則天 正常歩行の神経制御 理学療法 Vol. 26(1), 19-26, 2009
5. Kawashima N, Nozaki D, Abe MO and Nakazawa K. Shaping appropriate locomotive motor output through interlimb neural pathway within spinal cord in humans. J Neurophysiol 99: 2946-2955, 2008.
6. Kawashima N., Nozaki D., Abe OM., Nakazawa K., and Akai M. Alternative leg movement amplifies locomotor-like muscle activity in spinal cord injured persons. J Neurophysiol 93: 777-785, 2
『歩行の動的姿勢制御のバイオメカニクスと理学療法』
講師: 石井 慎一郎先生
神奈川県立保健福祉大学 教授
身体を鉛直にアライメントさせて、2本の脚を交互に踏み返して移動する・・・この極めて不安定な移動様式を可能にする姿勢制御のメカニズムとは、どんなものなのだろう?不安定な中で、絶妙にバランスを取り、ゆらゆら動いていても決して倒れることの無い人の動的な姿勢制御は、
・床反力制御
・目標ゼロモーメントポイント制御
・着地位置制御
と呼ばれる3つの制御から構成されている。
この3つの姿勢制御を大局的安定化制御と呼ぶ。
大局的安定化制御が上手く行くことが転ばないための姿勢制御にとって重要である。我々が臨床で患者さんの歩行練習をする時には、大局的安定化制御の3つの側面のどれが上手く行っていないのかを見極める必要がある。
大局的安定化制御を実際にアクティブにするためには、人の抗重力伸展機構や股関節と足関節の協調運動が必要となる。これらの機能は、立脚後期の機能に含まれるものであり、歩行をトレーニングする際の重要なポイントとなる。
歩行を作る際に念頭に置いておくべきことは、フラフラしないように安定させようとするのではなく、フラフラしても結果的に転ばす安定していられる事を目指す方が姿勢制御の観点からは理にかなっている。重力に抗した伸展と、重力を巧みに使った姿勢制御の両面から歩行を考えることが、歩行トレーニングにとって重要な側面である。